今回はライトノベル業界で複数レーベルにて5年以上活動されており、
第五回ネット小説大賞で異色作『サキュバスに転生したのでミルクをしぼります』が受賞し
モンスター文庫から現在好評発売中、コミカライズも決定している『木野裕喜』先生にお越しいただきました。
担当K(以下:K)お疲れ様です。お忙しいところお時間をとっていただきありがとうございます。
『木野裕喜』先生(以下:木野)お疲れ様です。よろしくお願いします。
Kまずは木野先生がライトノベル業界に入ったきっかけからお聞かせいただいてよろしいでしょうか。
木野一から話すと長くなってしまうんですが、あれはちょうど十年くらい前でしょうか。当時、大学の卒業研究が嫌で、オンラインゲームばかりしていました。気づくと、大学へ通うための定期を買えなくなるほどお金がなくなってしまい……。公認ネットカフェからだと経験値が1.5倍なんですよ。
Kかなりギリギリのエピソードからいきなりぶっこんできますね(笑
木野仕方なく、安価で長く楽しめるものはないかと探し、初めてライトノベルを手に取りました。
いろいろ読み漁っていた中で、自分が大好きなジャンルのはずなのに、とても不満が残る作品に出会ったんです。どうしてそうなるの? こうした方が面白くなるのにもったいない。愛が感じられないよ! なんて偉そうなことを考え出すと、あとはもう自分で書いてみるしかありませんでした。
書いたら今度は読んでほしくなり、以前からお世話になっていたmixiというSNSに、物は試しと小説を載せるようになりました。そこで感想をもらえるのが想像以上に嬉しくて、どっぷりハマっちゃいましたね。大学は辞めました(笑)
Kえっ、やめたんですか?! 大学を!
木野はい(笑) それからは賞に応募・落選を繰り返して、ようやく2010年、第1回『このライトノベルがすごい!』大賞で優秀賞をいただけたという次第です。
Kなるほど。まあ応募者の方は大学は辞めないほうがいいと思いますが、それはさておき、SNSは別として、長い間どちらかといえば投稿サイトとは無縁であったと思うんですが、小説家になろうに投稿しようと考えられたきっかけは何かあったんでしょうか。
木野あります!
上で言った、大好きなジャンルというのは「TS(性転換)」のことでして、自分はTSを書くために小説家を志したと言っても過言ではありません!
誤算だったのは、TSがラノベ業界ではカテゴリーエラー扱いされていたってことです。詳細は省きますが、まー……煙たがられます。デビュー作も、実はTSじゃありません。
商業作家になってからも、何度も何度もTSのプロットを作っては、いろんな編集部に打診したんですけれど、軒並み門前払いでした。
このラノ編集部でのことではありませんが、どうにか編集部会議に掛けられる段階までこぎつけたことがあります。ですが、ジャンルがTSだからという理由で見向きもされなかったと、後日、担当してくださった方から聞かされました。
こりゃ無理だ、と思ったのがその時でした。
そんな折、拙作『スクールライブ・オンライン』でお世話になった宝島社の編集さんが、「小説家になろう」という投稿サイトに挑戦してみてはどうかと、個人的にアドバイスしてくださったんです。
Kそうなんですか。そういったつながりがあったんですね。
木野はい。そういうわけでTSのプロットはなかなか通らなかったんですが、だからと言って諦められはずもなく、今度は「小説家になろう」に望みをたくしました。読んでもらえさえすれば、TSの面白さを知ってもらえるはず! 目に見える形で読者の支持を集められれば、編集部も考え方を変えてくれるかもしれない! と藁にもすがる思いでした。
K木野先生はサキュバスの後書きでもTS愛があふれていますからね。実際になろうでTSを投稿されてみて、読者の方からの反応はどうでしたか?
木野ブックマークが急激に伸びるようなことはなく、たま~~に日間ランキングの後ろの方に載るくらいでした。それでも読んでくださった読者の反応は嬉しいものが多かったです。毎回必ず感想をくださる人もいれば、ファンアート、二次創作、朗読、外国語翻訳までしてくださる人もいらっしゃいました。
やっぱりTSは面白いジャンルなんだ!! という確信を得ました。
K私もネット小説に触れたのは第一回なろうコン(現:ネット小説大賞)を企画してからですが、実際にあるかどうかは別にして、『カテエラ』とまことしやかにささやかれるものが存在せず、純粋に『好きな作品』を読者の方が求めていることが印象的でした。
Kさて、今回のテーマはアドバイスということですので、そろそろ創作部分についても伺っていきたいのですが、ネット小説大賞では実に毎年4割以上の作品が、コンテストが始まってから投稿開始されているということで、これからお話を考える方も多くいらっしゃると思います。
お話をこれから書くぞ! という時に木野先生がまずされることは何がありますでしょうか?
木野自分の場合、キャラクター設定や世界観よりも、一番書きたいシーンを最初に決めます。その他の設定は、シーンを最大限に盛り上げられるよう都合のいいものを、後から考えますね。それと一作の中に、これは読者の心に刺さる! と思えるキメ台詞を3つ~5つ入れられるとベストだな、と思っています。
あとは、そうですね。多くの作品が集まるコンテストだということを踏まえるなら、キャッチーなプロローグが必要になりますよね。作品の見せ場は大抵が終盤で、序盤が一番の見せ場になることは考えにくいです。読み進めてもらわなければ、超盛り上がるシーンを思いついても、そこまで辿り着いてもらった時には疲れ切っているという悲しい結果になりかねません。下ネタでもいいし、そんなわけねーよ! と批判される内容でもいいので、読み手にインパクトを与えることと、先が気になる引きを心掛けています。
Kなるほど! インパクトある序盤は、実際に書店に並んだ時などにもやはり重要ですよね。それではインパクトがあるシーンを思い描けたとして、プロットを書く時に気をつけていることは何かありますでしょうか?
木野セールスを意識した企画書だと、また違ってくると思いますが、応募用の原稿を書くのであれば、自分が迷わずに書き進められる流れを用意しています。終着点だけ見えていても、道が見えないとふらふらしてしまいますから、起承転結の他にも要所要所のチェックポイントを設けるようにしています。逆に、あまりガチガチに作りすぎても融通がきかなくなってしまうので、ある程度のゆとりは残しておくべきだと思います。
なんて言っておきながら、キャラが予想外に動き出したりして、結局は軌道修正を強いられることも珍しくはないですけれど(汗)
K実際にプロットなしで書かれる作家の方や、逆にガチガチにプロットを決められる受賞者の方も多いですが、木野先生はちょうど中間でしょうか。
いろいろ融通の効くやり方で素晴らしいと思うのですが、それでもスランプになったりすることはあるんですか?
木野あります! その時はもうお酒飲んで寝る! というのもよくやるんですが、凝り固まった頭をほぐすために、しばらく違う環境に身を置きます。PCと睨めっこしていても、ほとんど頭は働いていないでしょうから。今は無理! と潔く諦めます。無理してヒネり出そうとしても、満足できるものは滅多に出てきません。そのくせ、トイレに入っている時とか、ぷりっと神がかったものが出てきたりするんですよね。ネタの話ですよ?
あと、他人と喋るのも効果的です。自分には無い発想から、新しい切り口が見つかるかもしれません。
K他の人と話すと自分の思考も整理できたりしますからね。
K実際に執筆される際に調査が必要なこともあると思うのですが、資料収集はどんな風にされますか?
木野本による資料も使いますけれど、もっぱらPCですね。
大概のことならPCで調べられますが、より深みを持った描写を求めるなら、実際に体験するのが一番だと思います。料理描写なら、同じか、それに近い料理を作って食べてみたり、巨乳キャラを出したいなら、巨乳の女の子とお知り合いになったり。(※巨乳はファンタジーだと割り切るなら、その限りではありません)
K実際に体験ですか!? 料理はまだ身近ですが、巨乳や戦闘描写は少々ハードルが高そうですね。
木野格闘技教室に通ってみたいとは思うんですが、なかなか……。そこは映画などで補完しています。巨乳は、そうですねー。未成年の方には難しいかもしれませんね(笑)
Kいやあ。このインタビューを掲載していいのか不安になってきましたが、創作のためにそこまでするという熱意だと読者の方は受け取っていただければと思います。
K『サキュバスに転生したのでミルクをしぼります』は、一定の支持を集めたというのは先ほどお話を伺いましたが、反応がかえってこなくて困った時はありますか?
木野感想やPVですか? うーん……あまりPVにこだわる必要はないと思うんですけど、やっぱりPVが多い方が選考では有利だったりするんですか?
Kネット小説大賞はPV数が少なくても受賞できるコンテストであることは間違いありませんよ。実績としてそのあたりは顕著に出ていると思いますし、我々もしっかり選考しています。
木野それはいいですね!
とはいえ、感想をもらえたり、PV数が上がったりすると、執筆の励みになるのも事実ですし、当たり前ですが、増やせるものなら増やしたいですよね……。
K何か秘訣などはないでしょうか。
木野参考になるかわかりませんが、『サキュバスに転生したのでミルクをしぼります』を例に考えてみます。
この作品は、まずタイトルで目を引く類のものだと思います。実際、ネット小説大賞での受賞が決まった時も、目を引くタイトルだと言っていただけました。それでも爆発的にPVや評価ポイントを稼いだことは一度もありません。
一つも感想がつかないということであれば、タイトルや内容の改善を考えなくてはいけませんが、それを抜きにして自分が気をつけていることと言えば、一回でも反応をくれた読者を逃がさないこと――というと言葉が悪いですが、徹底して読者を大切にするよう心掛けました。読者の名前は全て控え、初めて感想をつけてくださった読者にはお礼の言葉を添えるようにしています。感想返信も定型文ではなく、一つ一つに時間をかけました。
それが自分なりの秘訣でしょうか。
良くも悪くも感想というのは、作品の中身に触れてもらえた証拠です。〝とりあえず〟で付けられるブックマークよりも、よっぽど価値があると思います。酷評でも、それを改善できれば確実に質は向上するはずなので、逆にチャンスだと思うようにしています。死ぬほどヘコみますけどね……。ですが、修正が活きて、酷評された方から「面白くなっている」と言ってもらえた時なんて、思わず感涙しそうになります。
Kそうですね。実際に『ポイント』や『感想数』など数値で見ると機械的になってしましますが、それをつけられている方は当然実在するわけで、その方への感謝というのは当然必要になりますよね。
K受賞を目指す人たちへメッセージがあればお願いいたします。
木野既に言ってしまいましたが、読者を大切にしてください。
作家にとって、書籍化がゴールではない以上、読者を蔑ろにして得することなんて一つもありません。
感想やレビューを閉じて、孤独に頑張るのも作者の自由ですが、特別評価ポイントが高いわけでもなかった自分の受賞できたのは、読者が様々な形で作品を目立たせてくださったおかげだと思います。
評価ポイントが書籍化に無関係だとは思いません。ですが、「小説家になろう」だけを見ても書籍化に至る道はたくさんあります。何より、読者と一緒に作品を作っていると実感できれば、執筆がとても楽しくなります。
Kありがとうございます。そして実際に受賞されたわけですが、受賞した後変わったことはありますか?
木野アプリのシナリオ仕事をもらうようになりました。今現在、『Revolve』というタイトルのカードゲームに携わらせていただいているんですが、面白いです! 思わずシナリオの報酬を上回る課金をしてしまったほどです。経費で落ちませんか(泣)
K最後にひとことお願いします。
木野自作の宣伝になってしまいますが、TSをよく知らない人、食わず嫌いな人、生理的に受け付けない人、とにかく一度『サキュバスに転生したのでミルクをしぼります』を手に取ってみてください。
本作はTSの魅力を広く知ってもらうことを第一に考えて執筆しています。
必ずや「TSって面白いかも?」と思わせてみせますので、何卒よろしくお願いします!
TSに限らず、Web小説コンテストにおいて『カテエラ』というものはありません。
『自分の大好きなものを書く』というモチベーションが道を切り開くこともあります。
書き始める時に『一番盛り上がるシーン』と『キャッチーなプロローグを考える』ということも大変重要な技法ではありますが、『感想に対して感謝の念を持つ』ということを応募される方はぜひ忘れないようにしてくださいませ。
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