辺境でのびのびと生きてきた少女・リリィの日常は、ある日一変する。
両親が情勢不安定な東の砦に異動となり、幼い彼女を王都に住む親族・ティナム伯爵家に預けるというのだ。
どうしても家族のもとに戻りたいリリィは、王都で実績を上げて、自身も東の砦に配属されようと望むが……
聖女候補に選ばれ、王太子にも気に入られてしまう!? 更に、王国存続の危機が迫っていると知り!?
第9回ネット小説大賞・金賞受賞作
辺境でのびのびと生きてきた少女・リリィの日常は、ある日一変する。
両親が情勢不安定な東の砦に異動となり、幼い彼女を王都に住む親族・ティナム伯爵家に預けるというのだ。
どうしても家族のもとに戻りたいリリィは、王都で実績を上げて、自身も東の砦に配属されようと望むが……
聖女候補に選ばれ、王太子にも気に入られてしまう!? 更に、王国存続の危機が迫っていると知り!?
第9回ネット小説大賞・金賞受賞作
早瀬ジュンさんのキャラデザ特別公開!
「王太子様が婚約破棄なさったなんてねぇ。慰謝料もちょっぴりだ。ほんと馬鹿にした話だよねぇ」
早馬を飛ばせば王都から二日といった場所にあるメタウの町では、今、自国の王太子が婚約破棄した噂話で持ちきりだ。
旅人が食料を求めて木組みに布をかけただけの露店に立ち寄れば、売り子が得意げに話しかけてくる。
そのせいで、この話は西へ東へと旅するものの口を伝い、国内についで国外へと拡散されていった。
「へぇ。あの有名な王太子様が、婚約破棄をねぇ」
頷き返せば、売り子がいっそう張り切って知っている限りの話題をふりまいた。
ここ聖アウルム王国といえば、東西に大きく広がる大陸のちょうど真ん中に位置する国。大陸の中心部は細長く西と東へ扇形に広がる形になっており、海原には小さな島がいくつか浮かんでいる。
周囲の小さな島国にも人は住んでいて、彼らは遠路はるばる聖アウルム王国までやってくる。
いや、島国からだけではない。
大陸全土の人間が一生に一度は必ず訪れるというくらいに、聖アウルム王国は有名だ。
理由は王国の立地にあった。北の空を向けばプラータ山脈がそびえ、南をみればノグレー樹海の緑がつづく。つまり大陸で少し狭く細長い大地の上には、北からプラータ山脈、聖アウルム王国、次いでノグレー樹海が並んでいるのだ。
北のプラータ山脈といえば、険しく切り立った山頂には常に雲がかかっていて年中雪化粧をまとっている。さらには古の種族である竜人族や伝説の龍が住むという有名な山脈だ。
南のノグレー樹海といえば、一度足を踏み入れると何日も彷徨うことになる有名な森。
旅の理由がまっとうなら避けて進むのが常識だろう。プラータ山脈やノグレー樹海を経由する旅人がいたならば、かなりの訳アリで間違いない。
立ち入るのも危険。たまに会う人間も危ないとくれば、誰も好きこのんで山や樹海に足を踏み入れたりはしない。
人は西から東へ、東から西へ大陸を横断するなら、当然のごとく聖アウルム王国を経由した。ゆえに旅人が一生に一度は訪れる国として有名なのだ。
さらにである。人が集まるならばチャンスとばかりに、大陸中の商人がこぞって聖アウルム王国を目指した。自国で二束三文の品にもここでは高価な値がついた。彼らは各国の特産物を運び込み一定期間商売をしたあとは、仕入れをして帰っていく。遠く離れた生産地まで足を運ばずとも聖アウルム王国で手に入るとわかれば、誰もが必ず立ち寄った。
商人にとっては千載一遇のチャンスがひしめく夢の国であり、聖アウルム王国は彼らのおかげで、なんでも手に入る桃源郷とまでいわれていた。
王都に辿り着くまでにある町ですら、大勢の人が行き交い旅人目当ての露店が並んでいる。国内は端から端まで活気に満ちて、王国の豊かさを物語っていた。
「でも、この国の王太子様はとても優秀だと評判だろ? なんでまた婚約破棄したんだい。いやなに、俺は西の果てのラルジャン王国から来たんだがな。ここだけの話、第七王子が流行りの婚約破棄をしたせいで除籍になったうえ行方知れずなんだと」
「へぇ。あんたの国も大変だねぇ。けどねぇ、うちの国の王太子様はそんじょそこらの王子様とはワケが違うよ!」
辟易した顔をして自国の不祥事を語る旅人に、売り子はたいそう自慢げな顔をした。
「聖アウルム王国の第一王子であるアーサー・アウルム殿下はねぇ、黄金の髪にサファイヤの瞳をした王子様なんだ。まるで物語から抜け出したような素晴らしい容姿だと評判高い王太子様さ。初代聖王様に並ぶ優秀な魔法士ときたもんだ。齢十七歳にして国政もこなしているんだよ!」
民の誰もが、アーサー王太子の御代は安泰だと豪語した。
「なら、なんだって婚約破棄なんて馬鹿な真似をしでかしたんだい?」
「あんたの国のへっぽこ王子と同じにしないでおくれよ! アーサー殿下はオーロ皇国との和平協定を結んだときに相手の国の第二皇女様と婚約したんだ。けど、オーロ皇国が北の武装国家ゾラータ国に一晩で侵略されちまったって話だろ。半月前に使者がきて一方的な婚約破棄と慰謝料を押しつけて、逃げるように立ち去ったんだ!」
売り子がまくし立てた内容に、旅人は目を剥いた。
「なんだって! 俺はオーロ皇国に向かう予定で西から聖アウルム王国にきたってぇのに、どうしたらいいんだ!」
目指していた国が戦争中と知った旅人は慌てふためいた。王太子の婚約破棄という不祥事などどうでもいいとばかりに頭を抱えこんでしまう。
「まぁ、実際にオーロ皇国がどうなっているかは噂が流れてこないからねぇ。しばらく聖アウルム王国でのんびりしたらいいさ。うちは宿屋もあるから、よければ紹介しようか?」
オーロ皇国が戦火に包まれていようが、ここは遠く離れた聖アウルム王国である。さらに王都からも離れているメタウの町なので、ほかへ移動したとて問題はないはずだが。
「ありがてぇ。ぜひ頼むよ」
売り子の提案は、行き先を失って不安に満ちた旅人の心にひと筋の光をさしたらしい。隙のない完璧な笑顔を浮かべる彼女の手をとった旅人は、勢いよく頷いている。
「まいどあり!」
商売上手な売り子にのせられて、旅人は早々に宿を決め滞在することになってしまった。
流れるようなサービストークのそばで、少女がひとり昼食用のトマトを熱心そうに選んでいる。その耳は、旅人と売り子の話を一言一句聞き漏らさないように集中していた。
会計を待つあいだ、少女は話のつづきを聞くために先ほどの売り子に声をかけた。
「ねぇ、おばちゃん。王太子様は婚約破棄のあと、聖女を募集したって本当?」
「お嬢ちゃん、よく知っているね。そうそう、なんでも光魔法が使える女の子を聖女として雇うって募集がかかったんだよ。平民貴族関係なしってところが粋だよね。選ばれたら王太子妃になれるんだって!」
もう十年若ければチャレンジしたのに、と売り子は夢見がちな顔で品物の入った紙袋を渡してきた。
「おばちゃんは光魔法が使えるの?」
「いんや。魔法はとんと使えないねぇ」
なら条件に一致しないから無理ですね、と少女は心のなかでツッコミを入れた。
「はいお釣り。お嬢ちゃんは見ない顔だね。旅人なら今日はメタウの町に泊まるのかい? 宿屋はもう決まっているかい?」
宿を勧める売り子に、少女はにっこりと笑った。
「今日は昼食後に次の町に移るから結構よ。昼イチに出発すればふたつほど町を移動できるもの」
ならば用事は済んだとばかりに売り子は少女から視線を外し、別の客を捕まえて同じ話をしはじめた。
店を後にした少女は、名をリリィといった。
年齢は十三歳を迎えたばかりで、その体は子供から大人へと少しだけ変化しだしたところだ。つまり、どこも平らでくびれてもいない。
健康そうな肌に艶のある茶髪のありふれた容姿だが、ヘーゼル色の瞳には知的な光を宿していた。頭に三角巾を被り、いかにもお遣いふうを装って露店に立ち寄りながら売り子や旅人の会話に耳を傾けている。
店先で客が話し終えると、手に持っていたレタスを差し出して売り子へと話しかけた。
行く先々で商品をひとつ購入しては売り子に話しかける。市場の端までくるとメタウの町で聞けるすべての噂を集めきっていた。
・大陸の東北にある、武装国家ゾラータ国によるオーロ皇国の侵略
・オーロ皇国第二皇女から、聖アウルム王国の王太子へ一方的な婚約破棄
・聖女兼王太子妃の、身分を問わない募集
どこの店でも大概がその三つに色をつけて、面白おかしく噂しているようだった。
「東には聖アウルム王国よりも大きな国しかないのに。戦争がはじまる緊張感がてんでないわね。嫌になっちゃう」
大陸で一番大きな割合を占める東の大地には、四つの大国が存在する。そこで争いが起きたのだ。
すでに和平協定の証である王太子と第二皇女の婚約破棄で火の粉がとんだというのに、どこもかしこも聖女兼王太子妃募集のお祭り騒ぎでもちきりだった。
民衆にとって隣国の戦争は、いまだ対岸の火事でしかないのだろう。
「無関係な人たちは、いいわよね」
買い物を終えたリリィは、市場をぬけて町の外へと歩いていく。
戦争のせいで西の砦に勤めていたリリィの父と母は、東の砦へと転勤になった。
西側は小さな国がひしめき合っており、その国境は刻一刻と変化して地図を書きかえている。争いで国を追われた難民と流民が、安寧を求めて西の砦になだれ込んでくるのはしょっちゅうだ。貧しさから犯罪に手を染める者があとを絶たないせいで、大きな戦いがない代わりに強盗や盗賊との小競り合いが頻繁に起きているような場所だった。
東か西かでいえば、今までは西の砦のほうが危険も多いとされていた。
しかし和平協定が破棄された今、戦力となる人材は東の砦に集められている。
「うぅ。どうしても、みんなと一緒に東の砦に行きたいよう」
両親は王都を経由して東の砦へと向かうことになっていた。
一人娘のリリィは、とある事情により王都に残るよういわれている。納得できなくて、道中何度も連れていってもらえるようにお願いしたが、両親は絶対に許可してくれなかった。
東の砦に行けない理由を、リリィはちゃんとわかってはいた。
けれど、ひとりだけ家族と離れるのは、十三歳になったばかりの心に耐えがたい不安を与えるのだ。
「しかも、王都で手伝うはずの仕事が、なんだか怪しいもの。――イヤだわ」
王都へ近づくにつれ耳にするようになった『聖女の募集』の噂話が、リリィの第六感を刺激していた。
空想癖があり、ある日頭の中がパンクしたのでアウトプットすることに。Web小説投稿サイトにて作品を公開。
本作で第9回ネット小説大賞金賞を受賞。
健康が気になりつつも昼夜逆転がやめられないお年頃。犬とインテリアとコスメが好き。
最近はデザインと3Dを勉強中。新しいことを取り入れながらイラストを描くのが好きです。