身長差30センチ、恋に気づくまで、あと1センチ

ストーリー ストーリー
楢崎颯太
楢崎颯太(ならさき そうた)
高校1年生の少年。バレー部に所属しており、身長は180cm近くある。「先輩の言うことは絶対」という体育会系の思考が染みついていて、どことなく大型犬のような雰囲気がある。
篠先輩
篠先輩(しの)
高校2年生の少女。小柄で華奢で、天使のように可愛い先輩。颯太の前では笑顔を見せるが、クラスでは「いばら姫」とあだ名されるくらいに、無愛想・無表情を貫いているらしい……。
書籍版「第1章」冒頭を試し読み!

●第1章 踏み出した一瞬

 考えるよりも先に体が動いていた。それはまるで、試合中にボールを追いかけている時のようだった。

 階段の頂上付近ではしゃいでいた男子に、女生徒が突き飛ばされた。
 華奢な女生徒が勢いよく吹き飛ぶ。あまりにも一瞬の出来事で、周りにいた生徒は悲鳴すら出ない。
 落下する彼女は手すりすら持てずに、顔から地面に落ちそうになっている。
 颯太は咄嗟に友人を押しのけ、走って手を伸ばした。
 ふわりと浮いていた小さな体が、勢いよく腕に飛び込んでくる。受け止めた衝撃で、楢崎颯太は廊下に倒れ込んだ。
 背中を打ち付けはしたが、女生徒を見事に受け止めていた。抱きしめるような形で受け止めた女生徒はすっぽりと颯太の腕の中に収まり、じっとしている。
 これまでにも、床に着く前にと手を伸ばしたことは数あれど、今ほど誇らしく思ったことはない。

(まじ、びびった) 

 階段は、踊り場を一つ挟むものの、直線状に二つの階段が並ぶような造りになっている。もし颯太が踊り場で受け止めなければ、この勢いで落ちてきた彼女は、もっと下の廊下まで転がり落ちていたかもしれない。

「天使が空から降ってきたかと思った……」

 突然の落下と突然の救出劇に周囲が静まりかえる中、直前まで颯太の隣にいた森尾竜二がぽつりと呟いて場の静寂を打ち破った。

「お前な……」

 こんな時にふざける友人に心からの呆れと、ほんの少しの安堵が混じった声を出す。指先一つ動かせないほど緊張していた体が、彼のおふざけのおかげで動くようになっていた。

「あの、大丈夫ですか?」

 女生徒を抱き留めたまま、颯太が廊下に肘をついて起き上がる。一言も発しなかった女生徒の長い髪が、さらりと流れた。彼女の顔を見た颯太は息を呑む。
 顔色は真っ青だったが、人形のように美しい顔つきをしていた。こぼれ落ちそうな程大きな瞳に、長い睫毛。形のいい小さな鼻と、卵形の綺麗なフェイスライン。
 ただ、さくらんぼ色の唇は、かわいそうなほどに震えている。

(は? まじで天使とか?)

 あまりの可愛さに、颯太は呆気にとられた。一言も発さず、ゆっくりと颯太の体から起き上がった女生徒は、颯太に手を伸ばした。白魚の手は美しく、細い。

「あ、いえ」

 まさかこんなに細い女子に掴まれるはずもなく、自力で立ち上がる。颯太が掴んだら、そのまま転倒してしまいそうだ。
 あまりの可愛さにじろじろと見てしまう颯太の隣で、女生徒は階段を見上げる。

「ごめんね。天使じゃないから、飛べないの」

 階段の上で、真っ青になっている男子生徒達に向けて女生徒が言った。微かに震えているようだが、可憐な、鈴の音のように美しい声だった。
 その冗談に、場が一気に和んだ。固唾を呑んで見守っていた周囲の生徒達はにわかにおしゃべりを始める。階段の上にいた男子生徒らも大慌てで駆け下りてきた。

「俺達ふざけてて──本当に、すみませんでした!」
「怪我ない? まじでごめんなさい!」

 女生徒は首を小さく横に振ると颯太を見上げる。上級生だろう男子生徒らに「俺も大丈夫です」と颯太が告げると、「本当にごめんね!」と言って彼らは立ち去った。
 男子生徒らを見ていた女生徒が、颯太をまた見上げる。ドキリとして、颯太も女生徒を見下ろす。彼女は、百八十センチ近くある自分の肩くらいまでしか背がなかった。じっと見つめてくる女生徒を、颯太もじっと見返す。

「ナラ! お手柄!」

 期せずして見つめ合っていると、竜二がバシンッと颯太の背を叩いた。楢崎という名字のため、親しい友人には「ナラ」と呼ばれている。

「……ありがとう、ナラ君。本当に助かりました。痛いところない?」

 女生徒の唇が小さく開かれた。耳に心地よい声に一瞬呆けてしまい、返事が遅れる。

「──いえ、どこも」
「私は二年三組の篠です。もし後でどこか痛くなったら、絶対に言いに来てください」
「あ、一の六の、楢崎です」

 一年と告げると、颯太のつま先からてっぺんまでを一度ゆっくりと眺めて、女生徒──篠は「……大きい」と呟いた。



「じゃあ。本当に、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げた篠が立ち去ると、竜二が肩を組んできた。

「あの先輩、めちゃくちゃ可愛くなかった?」
「柔らかかった? いい匂いした?」

 そばにいた、舛谷直史も顔を輝かせている。
 高校で知り合った直史とは、入学式の日に席が近かったので仲良くなった。竜二は小学校から一緒にバレーを続けている幼馴染みだ。三人ともクラスが同じで、颯太は基本的にこの二人と行動している。

「いや一瞬だったし。っていうかそれどころじゃなかっただろ、普通に」
「おま、どんな時だって女子の匂いとやわっこさは気になるだろ、普通に」

 直史の言い分に冷めた目を向けつつも、颯太は篠のことを思い出していた。

(でも確かに──天使みたいだった)

 そんな馬鹿みたいなこと言えるはずもなく、頭をがしがしと掻くと、颯太は教室へと歩き始めた。

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